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法律と現実の矛盾~制限速度を例として~

「この道路の制限速度は法定速度の時速60㎞、しかし周りは守っている車などないと思われるほどほとんどがそれを大きく上回る速度で走行している。交通の流れに沿って運転しないとむしろ危ないと思うが、このような状況でも制限速度を超えて走行していると、検挙されるのか?」
 
 
誰もが一度は考えたことのあることではないでしょうか?
確かに、周囲の状況に対応することは安全運転にとって必要な要素ではありますが、この答えは「検挙される」です。
ちょっと納得いかなくて思わず、「周りに合わせただけなのに」とか「違反しているのは自分だけじゃない!」「周りがスピードを上げているのに自分だけ制限速度で走行するのはかえって危ない」などの主張をしたくなりますよね。
しかし、その主張は通らないと考えられます。なぜなら、道路交通法上の制限速度違反は、周りの交通状況を考慮し、具体的または抽象的な危険等が生じることは条件とされておらず、制限速度違反の事実さえあれば成立するからです。
 
 
制限速度違反を争った次のような裁判例があります。
 
昭和55年1月14日に東京簡易裁判所の判決がでたこの裁判は、いわゆるオービスでの速度超過違反の取締りについての裁判であり、様々な観点から憲法違反や違法であるといった主張がされていましたが、その中の一つに「速度違反罪の成否を判断するにあたっては、道路状況、車の流れ、並進、先行、後続車両との距離、速度を出すに至った事情など、当該事案の具体的内容を検討し、単に制限速度を超過したのみで犯罪を成立させるべきではない」といった内容のものがありました。
この主張に対して判決では「道路交通法に定められている制限速度違反の罪はいわゆる『抽象的危険犯』であり『形式犯』でもあるから、車両が指定制限速度を超えれば、抽象的危険の存在が法的に推定または擬制(実質の異なるものを、法的取り扱いにおいては同一のものとみなすこと)されるものであると考えられる」として、「権限を有する公安委員会が道路交通法一条に定める目的達成のために必要であると判断し、指定した最高速度の制限を超えて車両を運転したことが明確である場合は、たとえ具体的に交通等の危険が発生していなくても、具体的危険の有無を分析・確定するまでもなく、その制限速度超過の運転自体、交通の安全を害するおそれがあるものとして、速度違反の罪が成立するものと解される」としました。
また「制限速度違反罪を『具体的危険犯』とすると、個々の制限速度違反罪の審理において、危険が発生したか否かの具体的立証を捜査機関に要求することになり、その証拠の収集・保全が必要となる。しかし、現場で速度違反の検挙にあたる警察官にそこまで要求することは、捜査の実情から困難であると言わなければならない。」ともしています。
 
 
ここで言っている『具体的危険犯』『抽象的危険犯』『形式犯』とは法令用語です。
 
『具体的危険犯』・・・犯罪の成立に具体的な危険の発生が必要なものです。例えば、車やバイク・他人の荷物・古新聞など建造物以外に放火し焼損する建造物等以外放火罪などがこれにあたります。
『抽象的危険犯』・・・犯罪の成立に具体的な危険の発生までは要求されておらず、一般的・抽象的な危険の発生だけで犯罪の成立が認められるものをいいます。こちらは現に人が住居として使用又は現に人がいる建造物(その他、汽車,電車,艦船,鉱坑)に放火して焼損する現住建造物等放火罪などが該当します。
『形式犯』・・・犯罪の成立に一定の行為の存在があればよく、法益に対する侵害や、危険の発生を必要としないものです。身近なところでは駐車違反や免許不携帯などの行政法規がこれにあたります。
 
 
上記裁判例では抽象的危険犯・形式犯のどちらでもあると言っていて、疑問にも思えますが、抽象的危険犯を広い意味でとらえ、形式犯も危険性を含むために処罰するものとすれば、この二つにあまり差異はないともとれるようです。
 
またこの裁判の最後には「しかしながら抽象的危険犯においてもある程度の危険性の存在が必要であることは言うまでもなく、全く危険でないときは処罰すべきでないことは論ずるまでもない」、つまり全く危険がなければ処罰されないともいっています。
 
 
ですが、これは昭和55年当時の交通事情を背景として出されたものであり、現代の交通事情をふまえれば、交通事故の原因となりうる速度超過は、危険の発生の有無にかかわらず抑止すべき要請があることは明らかといえますので、上記裁判例より厳しく判断され現在は速度超過違反は形式犯とされるでしょう。
実際に、東京地方裁判所平成18年2月20日のある裁判の判決に速度超過違反が形式犯であることを前提として判断している例がありますし、周囲の車の速度に併せて走行していたので、制限速度を超えていたことの認識がなかったということが争われた東京簡易裁判所平成29年7月5日判決の裁判例ではその主張も認められていません。
 
 
これらから、速度超過違反は周囲の状況にかかわらず、速度を超過したことによって成立し、周囲の状況等を理由に速度超過を正当化することもできないと考えるべきだということがわかったと思います。
こういった現実ではそうであっても法律的には認められないことは他の交通ルールでも、また他の様々な法律でも多々ありますが、何のためにどういった考えのもとその法律があるのかも正しく理解し、自分がどう行動すべきかを判断できるようにしたいですね。

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